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ボーグに同化されて施された左翼教育から覚醒し、自己をとりもどした「人間」のブログ

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靖国への想い
子供の頃、千代田区に住んでいたので靖国神社はきわめて身近な存在だった。
春秋の例大祭、夏のみたま祭りは毎年盛大に行われた。
立ち並ぶ夜店、白い服を着た傷痍軍人、夏の夜を彩る大輪の花火、千鳥ヶ淵の灯篭流し・・・
宝物館の遺品の数々、野ざらしに展示された大砲、さまざまなモニュメント。

小学生だった私は、ハトを捕まえたり、大村益次郎の銅像の台座に上ったりして遊んだ。(銅像の上まで登って落ちて頭を割った6年生がいたという神話とか)
ボーイスカウトに入っていた頃は相撲場でテントを張って飯盒で飯を炊き、訓練をした。
高校生になってからも、桜の下で田楽を出す茶店とか、授業を抜け出してデートしたりとか、そこには真っ黒な大鳥居がいつも身近にあった。

やがて、そこがただの神社でないことを知る時がきた。
靖国神社に祀られている御霊は「鬼」であることを。
彼らは不慮の死を遂げたのではなく、自ら死地に赴いた「護国の鬼」だったのだ。
神道では、魂にはふた通りあり、ひとつは和魂(にぎたま)、もうひとつは荒魂(あらだま)、そして慰霊などというのではなく、招魂と鎮魂が主たる儀式であることを。
平和な時には荒ぶる魂を鎮め、平和を維持するために安らいで穢れのない魂を招く。
戦時には、この護国の鬼を招いて祖国の守りとする。この場合、荒魂をそのま用いるのである。
英霊と一言でいってしまうのはたやすいが、神道は生命を超えて活きる、魂の宗教なのだ。
今、まさに日本の平和が危ぶまれているが、左翼が想像するようなちっぽけな感傷ではなく、国を守ることの難しさは言葉では尽くせないだろう。
それゆえ、靖国を参拝する遺族の想いは深く、複雑である。

A級戦犯を合祀したから参拝するな、とは笑止なこと。
靖国神社は神道の社なのだ。
ひとからげにして無宗教の慰霊施設にするなど、御霊と遺族の心を踏み荒らす行為にすぎない。
遺族や若い子孫である人々が楽しく寄り集まる「たかまち」が御霊の希求する「平和」なのだから。

昔、私が職を失っていた頃、親類の神官に言われた。
「おまえ、神道が好きなら、神官にならんか、無人の社をいくつか回って賽銭を集めてまわる宮司ならいつでもなれるぞ、あとは易者をしていれば食っていけるぞ」と。
だが、私は神官で一生を終わる気にはなれず、断った。
私はまだ若く、枯れていなかったので、まだまだ夢を持っていた。
いずれ、なんとかなる、と。

神道の祭祀は厳しく、そして優しい。
自然と一体に、などというNHK的な優等生の答えでは表せない「宗教」なのだ。

この神道を私の憧れだけにしておいて欲しい。
だが、妻子を守るためなら、私も「鬼」になりたいと願う。
売国奴どもは、今すぐ日本から出ていってくれ。
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