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ボーグに同化されて施された左翼教育から覚醒し、自己をとりもどした「人間」のブログ

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私的・・・靖国って何?
てっくさんの「靖国さん」という表現がなんとも新鮮だった。

普段、「寒川さん」、「氷川さん」と言っているのに、私は「靖国さん」という表現をしたことがなかったのだ。
私の意識がずれているのかもしれない。

最近、その靖国神社へ行ったので、すこし書いてみよう。



靖国神社を訪れるのは何年ぶりだろう

その小学生は大鳥居を見上げて、感動している。
「うわー、デカい」

いくつかの忠魂碑をみつけて碑文を読み下している。
母の碑はシンボリックすぎて理解できないようだ。

境内には骨董屋が露天を出していた。

大村益次郎の銅像を見上げる。
「何をした人?」
「日本の軍事を近代化した人だよ、だけど、私のように上野で生まれた人には別の意味もある」
「何、それ?」
「昔、上野の山で戦争があったのさ、そのとき大村益次郎は大勢の彰義隊の兵隊を殺した・・・戦いを指揮したんだ」
「卑怯なことをしたの?」
「卑怯ではない、戦争だからね、卑怯な人はひとりもいなかった、だけど世の中は、ひとつの見方だけでは判断できないんだ」

ふと、自分を疑う・・・卑怯だったのか?・・・近代的な戦略で赤子の手をひねるように・・・現代の情報戦が脳裏をかすめる・・・ユダヤ、か

「彼のせいではないだろうが、東京の人から見ると、戦で死んだ敵の屍を弔わずに放置したのは許しがたかっただろう」
「放置したの?」
「ああ、最初、放置した・・・結局地元の寺社の有志が皆で葬ったんだ、最後には葬ることを認めたから」
「じゃ、やっぱり偉い人でいいんだね」
「そう、偉い人、だ」

ふと、親父の記憶が蘇る。
この少年は私自身なのか・・・

「平日なら台座にのぼってもいいけどな」
「うん、ちょっとひとが多くてダメだね」
「じゃ、また今度、のぼればいいさ」
「うん、また今度」

正面の拝殿の前で作法通りのお参りをする。
小さいころ、夜店に気を取られている私に母が「お参りを済ませてから、ね」といって、たしなめたことを思い出す。

「ここは戦争で死んだ軍人を祭った神社なんだよ」
「戦争で死んだ人が神様なの?」
「そう、戦争で死んだ人が子孫を守っているんだ」
「守ってるの?」
「そう、神様だから、守ってるんだ」
「この後ろのところに神様がいるの?」
「そう、この辺だね」
少年は理解しているのだろうか?

「2礼2拍手だよね」
少年が、確認する。
「そうだ、2礼2拍手だ」

懐かしい相撲場を見る。
「立ち入り禁止か・・・」
「昔ここでボーイスカウトの訓練をやっていたんだ」
「へー、おもしろいの?」
「面白い?そうさな、面白かったな」

茶室の前で錦鯉にエサをやる。
エサの自販機が設置されている。
昔、和気清麻呂の銅像の下で内堀の鯉に古パンの耳をやったことを回想する。
50センチもあるナマズが出てきたな、そうそう、ソウギョやライギョもいたっけ、よく外堀でクチボソを釣ったな・・・カエルと荒縄で内堀のライギョを釣っていたやつもいたな・・・

「これは何?」
少年がたずねる。
「これは憲兵の碑だ」
「偉いの?」
「うん、偉い、でも人々から嫌われていたことも事実だ」
「意地悪だったの?」
「そうかもしれないし、職務に忠実だっただけかもしれないし、今はいないから判らない」
「そっか、昔のことだから、ね」

遊就館は有料だが、これはどこで運営しているのか知らないが、国営で無料にするべきだろう。

展示は、一様に臭い。
国粋主義?軍国主義?・・・いや、そんなものではない、単純にセンスが悪いだけだ。
もっと洗練された展示が必要だと思った。
そういえば、最近は国立博物館、科学博物館も同様に臭い。
アメリカでさえ、こんなにひどくはない。
形だけのモノマネか。

入り口に近く、緑色のフランキが記憶どおりの姿を晒している。

少年はゼロ戦を見て喜んでいる。

「性能は抜群だけど、できるだけ軽く作るために装甲が薄いので、エンジンや燃料系を撃たれるとすぐやられてしまうんだ、パイロットも」
「役にたたなかったの?」
「いや、つくられて最初のころは凄く強かったんだ」
「敵が強くなったの?」
「いや、日本が弱くなったのさ、強いパイロットはそんなに簡単には育たないものさ」
「ふーん、強い人は死んじゃったの?」
「ハードウェアの弱点をつかれると、どんなに名パイロットでもどうしようもない」
「そっか、撃たれると死んじゃうもんね」

回天は大きい・・・
立派な模型もたくさんある。
重火器、サーベル、小さな鉄の棺桶のような装甲の薄い戦車、擲弾筒、すべてが歴史の一部だ。

花嫁人形のコーナー
私はこみ上げる嗚咽を隠すようにその場を逃れる。
人は誰も皆死ぬ。
しかし、自分の生きた証を残せずに死ぬのは、どれほど辛いことか。
特攻と普通の戦死とどこが違うのか、そんな問いは無意味だ。
家族の想いに変わりはないか。

「おなかすいた、昼メシは?」
「ここでもいいけど、外にいくかい?」
「外にしよう」

少年が駆け出してゆく。
私は靖国神社を後にし、日常の世界に向かった。

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毒吐きはてっくの勲章?
いつものことながら、てっくさんの情報収集能力にはお世話になりっぱなしです。

つねづね、皆さんが産経新聞を誉めているのを不思議に思っていましたので、このような見方は、(当然でありながら)新鮮でした。
だって、所詮、目玉マークのフジサンケイグループでしょうが。
なにもかも、売国のフジサンケイ。
文化破壊のフジテレビとか。
美味しんぼの初期の頃までは毎日新聞だって見てたけど、その後、ボロボロ
昔はTBSのファンだったのに、今では子供に見せたくないし。
朝日はさいしょから論外だし。
テレ朝もモチロンダメね。
基本的に、NHKって、売国路線ってことできまりですな。
山崎先生のとこの、教育テレビ「3ちゃんねる」という表現が笑えた)

今回、NHKの件ではどこもダンマリで、大きなニュースにしたくないのが見え見えだ。
しかも、全部のマスコミ関係者が、もっともらしい言い訳をつけて、NHKを擁護しているように見える。
たぶん、これは並みのネタではないんじゃないか?

早い話が、花岡某なんて信用できない。(汚らわしいからリンクしない)
何気に、マッコイさんのところのコメントが凄くなってますが。
(コメントにトラバつけたらおこられるか?)

日本経済が良くならないのは日経のせいだし。
いつも後輩には「日経**は一切見るな」と言い渡しております。
もっとも、日経本誌は年に一回だけ、春先の決算時期に駅で買いますが、120円で枚数が多いので、揚げ物用に有利だし。
(これが切れると、地下鉄で、メトロニュースが揚げ物用になります)

とにかく、新聞は見ません。
先日も、息子の学校の校長に「偏向した新聞など取っていない、新聞紙を持ってこいという指導をやめろ」と言っておきました。

天皇陛下の参拝自体は良いと思うが・・・
先帝陛下のことを考えると、心苦しくなります。
以下はSpeak Easy 社会からの転載

天皇陛下が靖国参拝なさるのが一番
と麻生外相が発言されました。 時事問題は扱わないつもりでしたが、小泉政権に揺らぎが始まったこの時期に、何かのターニングポイントに見えるので、アップしておきます。 今回はテキトーな感想だけです。

人気blogランキング



http://www.so-net.ne.jp/news/yomiuri2/politics/html/20060128i213.html

▲「天皇陛下が靖国参拝なさるのが一番」…麻生外相



麻生外相は28日、名古屋市で開かれた公明党議員の会合で、靖国神社参拝について

「英霊は天皇陛下のために万歳と言ったのであり、首相万歳と言った人はゼロだ。天皇陛下が参拝なさるのが一番だ」

と述べ、天皇陛下の靖国神社参拝を実現することが望ましいとの考えを示した。

 そのうえで、

「参拝できなくなったのは、(三木首相が1975年に私人を強調して参拝したことに伴う)公人、私人の話だ。解決の答えはいくつか出てくる」

と語った。

 首相の参拝に関しては、「外国から言われて決めるのは絶対通ることではない」とし、

「靖国問題が終わったら、日中間の問題がすべて解決するわけではない。隣の国なのだから、ある程度緊張感を持ってやっていく以外に方法はない」と述べた。▲





http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060129-00000054-jij-int

▲ 麻生外相「極右の立場代表」と非難=「天皇の靖国参拝」発言で中国新華社

 【北京29日時事】中国国営新華社通信は29日、麻生太郎外相が28日に天皇陛下の靖国神社参拝を実現すべきだとの考え方を表明したことについて、「日本の一部右翼は一貫して天皇陛下の靖国参拝復活を鼓舞しているが、麻生外相の発言は極右勢力の立場を代表したものだ」と非難した。 

(時事通信) - 1月29日19時0分更新



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060129-00000134-kyodo-int

麻生外相発言を強く批判 新華社

 【北京29日共同】中国の国営通信、新華社は29日、天皇の靖国神社参拝実現が望ましいとした28日の麻生太郎外相の発言を「こともあろうに天皇参拝を吹聴」との見出しで伝え、強く批判した。
 新華社電は、靖国参拝は日本の指導者が正確に歴史に直面していないことを反映した「厳粛な政治問題」だと指摘し、麻生外相は「中国が反対すればするほど首相は参拝をやめられなくなるといった詭弁(きべん)を使っている」と非難。
 その上で、麻生外相の談話は天皇の参拝を求める右翼勢力の立場を代表するものだと批判した。

(共同通信) - 1月29日23時7分更新▲





何で神社参拝の是非なんていうことが大問題になったのか、不思議といえば不思議ではあります。

まして村山談話、それを引き継いだ小泉談話は、中国にゴメンナサイという程度の内容であり、なんで中国が神社参拝をこんなに攻撃するのか、非常にひっかかるものがあります。



関連書籍を読んでみると、戦後長く、神社参拝など何の問題もなくとり行われていたそうです。

そもそも社会党もA級戦犯の合祀を要請したとのこと。

それが何か日中のシンボル的な政治問題にまで祭り上げられてしまっています。



私か知る限りですが、朝日その他がたびたび中国政府へとご注進に及んで、放火をして回ってきた成果であるということのようです。

朝日は、戦前、日中戦争を煽った前科があるので、信用できません。

戦後も、やってることは変わらないんじゃないのでしょうか?



去年春の反日デモは、日本国連常任理事国の問題があり、中国政府が煽った形跡があります。

しかし、今年の小泉首相の参拝のときには、それほど騒ぎになりませんでした。

 これは反日デモの結果、欧米日本からの中国への投資流入が細り、経済的破綻の可能性が見えてきたために、中国政府が方針転換したことが理由でしょう。

これは経済を少しでも見ている人なら当然の結論でした。

 (余談ですが、いわゆる左翼系サイトで、反日デモの再燃みたいなことを願望している文章を見ると、苦笑したものです。

もっとリアリスティックに見たらって)



中国にとっての緊急の課題は、日本の軍国主義復活などというお題目ではありません。

本当は、経済問題、そして農村問題、エネルギー問題、食糧問題、環境汚染問題であり、その根源的理由としての「長年の激烈な権力闘争に起因する公共意識の喪失」です。



かろうじて社会的紐帯をつなぎ止めていたと思われるコミュニズムは、事実上崩壊しました。



中国は、失われた公共性の代替物を反日イデオロギーに見いだそうとしているようです。

それは中国の出発点である毛沢東の辺境軍閥のイデオロギーでもあり、中華では伝統的な考え方です。



中華の反日はしたがって歴史的、根源的なものであり、靖国神社からA級戦犯をとり除いたりことにしたり(それは神道ではできないのですが)、靖国神社を整地して駐車場にしたとしたら、何か別の目標に向かって攻撃をしかけてくるでしょう。



一方、麻生外相の発言は、正論だとは思います。



三木首相のときまで全然平気で参拝できていたのに、突然できなくなるというのは奇怪なお話です。



首相ではなく、陛下が参拝なさってこそ、霊は喜ばれると思われますが,こうした事柄について推察するのは不敬に当たるかもしれません。 止めておきます。



個人的にはですが、前大戦の反省と再検討は、決して忘れてはならないと思っています。

大日本帝国は善玉だった、太平洋戦争には正当性があったという種類の言説には、私としては何となく違和感を持ちます。

未曽有の戦死者と被災者を出して敗北した原因-つまり「敗戦の責任」を徹底して国民が追求しなければならない-そう感じます。



連合国や左翼が言う「戦争責任」ではありません。

戦争責任なら、蒋介石やルーズベルトやスターリンにとってもらいたい。

人道に対する罪を問題とするなら、トルーマンとルメイとスターリンにとってもらう必要があります。

それを日本だけにとらせようと画策することは単なるリンチであり、文明とは遠い蛮行にすぎません。



そうではなく、なぜ中国で12年も戦争を継続する必要があったのか、私の想像を絶しています。

何のために大陸で戦争を続けていたのでしょうか?



何か馬鹿げた謀略にひっかかったのではないでしょうか?

「国家」について日本人に何か根本的な勘違いがあったのではないでしょうか?



そもそも満州国の建国は日本人にとって何かメリットがあったのでしょうか?

それ以前に、朝鮮半島に対してあれほど深入りする必要があったのでしょうか?

歴史に弱い私としては、アタマを抱えることが多いのです。



大日本帝国が悪かった、ゴメンだなんて話ではありません。



誰が見ても、大日本帝国の植民地は、世界の中で例外的に恵まれていました。

そのことを立証する書籍は履いて捨てるほどあるし、ブログすら多数あるので省略します。



また、いわゆる大陸での日本軍の残客行為とされているものも、多くは冤罪であることが立証されているようです。



私が感ずるのは、善悪や道徳の問題ではなく、知的な「戦略的な研究と見直しの必要性」です。



もっとうまくやる方法はなかったのか?ということです。

それを知的に研究し、資料と知見とを集積していき、その中で欧米中国のずるさと狡猾さと謀略とを明らかにしていくことが必要です。

つまり戦争研究のために多額の予算をつけ、人材を集め、資料を収拾し、自由かつ徹底的に研究を進める必要がある。



それはこの国の戦前支配層を引き継いだ戦後エスタブリッシュメントの責任です。 

庶民の責任だとは私は思いません。 権力者層、支配層の責任なんです。



それが敗戦責任をとるということです。

これから日本人が地球上で生きていくために゛どうしても必要なことです。



敗戦責任をとらずに、陛下だけに大変な仕事を押しつけようとしていないか、私はそれを危惧してしまいます。



http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060130ic21.htm

▲天皇の靖国参拝は「慎重に検討」…宮内庁次長

麻生外相が天皇陛下の靖国神社参拝が望ましいと発言したことに関し、宮内庁の風岡典之次長は30日の定例記者会見で、「(天皇陛下の靖国参拝は)その時々の社会情勢などを考慮しながら慎重に検討のうえ対処してきており、今後も同様に考えている」と述べ、同庁としては従来通りの姿勢で対応する考えを示した。▲





宮内庁はとりあえず従来通りの慎重な姿勢で様子を見るということのようです。



陛下は霊をなぐさめるために行かれる。

それを止めることはあってはならないと思う。



それと共に、陛下の参拝によって、エスタブリッシュメントは不明を恥じ、なぜ戦前に空前の大失敗をしてしまったか、なぜ欧米中国の謀略にひっかかってしまったのか、本気で決着をつけて後世の日本人に残さなければならない。

陛下を利用して「水に流して」はいけないと思う。





靖国は政治ブログでは好まれるネタなんですが、私は避けてきました。

最近は毎月行ってます。 遊びだけなら毎週のように行ってます。 九段近辺に私くらい詳しい人は、あんまりいないかもしれない。 食堂のメニューやみやげ物もここで一つ一つ解説できます。 それくらいなじみのある場所なんです。

私の男系(笑)の親族たちも靖国神社に祭られていることから-書くことに抵抗がありました。

だから他のブログみたいな威勢のよいことは書けません。 すみません。


以上、転載

政治的には麻生氏のいわれることはもっともだと思います。
私が気になるのは松岡洋右のことです。

佐藤清文コラム

これは転載しませんが、靖国の難しさがにじみ出ています。

すなわち、先帝陛下が松岡洋右は日本を開戦へと導いた大罪人と考えていたのではないかということです。
一つ前のエントリでも書きましたが、靖国神社は神道の神社であります。
もし、陛下の御心に沿わない逆賊を合祀してしまったとしたら、どうでしょうか。

もとより、神道では分祀という概念は一般的ではなく、分骨と同じように、御霊を分けて(増えます)他の場所でもお祀りするという意味でしかありません。
神道の教義では、御霊を廃棄するなどということは不可能なのです。
ひとたび合祀してしまった御霊は、特別に取り出したりすることはできないのです。

もし、できたとしても、先帝陛下の怒りにふれた方ですので、放置すれば荒魂になってしまい、処置にこまります。
これを解決しようとするなら、靖国神社とまったく同じ社を準備して、正しい御霊だけを分祀し、現在の社は封印して自然に寂びれるのを待つか、神学者にあらたな研究(ヲシテのように祖霊と一体化させてしまうような元素にもどせば可能だと思いますが)をしてもらって、特別な祀り方を創出するしかないでしょう。
それとも、先帝陛下が納得していないだけで、今上陛下の問題ではないと、頬かむりする、というのも考えられなくはありませんが。

いろいろ、調べてみると、松岡には「おごり、たかぶり」があったのは否定できないようですので、外国人に裁かれたA級などというのではなく、不忠の臣だったのでは、と思えてなりません。
百歩譲っても、靖国神社には病死した人を祀ることなど許されないはずなのです。

いま、小泉首相を合祀することをイメージしてもらえばいいのではないでしょうか?
他の方が納得されても、私には割り切ることはできません、単純に私の考え違いなら良いのですが・・・


靖国への想い
子供の頃、千代田区に住んでいたので靖国神社はきわめて身近な存在だった。
春秋の例大祭、夏のみたま祭りは毎年盛大に行われた。
立ち並ぶ夜店、白い服を着た傷痍軍人、夏の夜を彩る大輪の花火、千鳥ヶ淵の灯篭流し・・・
宝物館の遺品の数々、野ざらしに展示された大砲、さまざまなモニュメント。

小学生だった私は、ハトを捕まえたり、大村益次郎の銅像の台座に上ったりして遊んだ。(銅像の上まで登って落ちて頭を割った6年生がいたという神話とか)
ボーイスカウトに入っていた頃は相撲場でテントを張って飯盒で飯を炊き、訓練をした。
高校生になってからも、桜の下で田楽を出す茶店とか、授業を抜け出してデートしたりとか、そこには真っ黒な大鳥居がいつも身近にあった。

やがて、そこがただの神社でないことを知る時がきた。
靖国神社に祀られている御霊は「鬼」であることを。
彼らは不慮の死を遂げたのではなく、自ら死地に赴いた「護国の鬼」だったのだ。
神道では、魂にはふた通りあり、ひとつは和魂(にぎたま)、もうひとつは荒魂(あらだま)、そして慰霊などというのではなく、招魂と鎮魂が主たる儀式であることを。
平和な時には荒ぶる魂を鎮め、平和を維持するために安らいで穢れのない魂を招く。
戦時には、この護国の鬼を招いて祖国の守りとする。この場合、荒魂をそのま用いるのである。
英霊と一言でいってしまうのはたやすいが、神道は生命を超えて活きる、魂の宗教なのだ。
今、まさに日本の平和が危ぶまれているが、左翼が想像するようなちっぽけな感傷ではなく、国を守ることの難しさは言葉では尽くせないだろう。
それゆえ、靖国を参拝する遺族の想いは深く、複雑である。

A級戦犯を合祀したから参拝するな、とは笑止なこと。
靖国神社は神道の社なのだ。
ひとからげにして無宗教の慰霊施設にするなど、御霊と遺族の心を踏み荒らす行為にすぎない。
遺族や若い子孫である人々が楽しく寄り集まる「たかまち」が御霊の希求する「平和」なのだから。

昔、私が職を失っていた頃、親類の神官に言われた。
「おまえ、神道が好きなら、神官にならんか、無人の社をいくつか回って賽銭を集めてまわる宮司ならいつでもなれるぞ、あとは易者をしていれば食っていけるぞ」と。
だが、私は神官で一生を終わる気にはなれず、断った。
私はまだ若く、枯れていなかったので、まだまだ夢を持っていた。
いずれ、なんとかなる、と。

神道の祭祀は厳しく、そして優しい。
自然と一体に、などというNHK的な優等生の答えでは表せない「宗教」なのだ。

この神道を私の憧れだけにしておいて欲しい。
だが、妻子を守るためなら、私も「鬼」になりたいと願う。
売国奴どもは、今すぐ日本から出ていってくれ。


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